7月3日(金)から続いた豪雨‥
あの日から10日が経ちました。
‥この記事を読んでいました。
7月12日発表の消防庁資料によれば、令和2年7月豪雨による全国の死者・行方不明者は、死者68人、心肺停止1人、行方不明12人の計81人となっています。
亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
そして‥
7月11日(土)‥
神明神社の御神木が倒壊してしまいました‥。
朝日新聞の動画も貼っておきます‥。
大湫町のサイトには、
その立派な御神木の写真と歴史が‥。
http://okute-shuku.jp/okuteshuku/spot/course-power
樹齢‥推定1300年、
県指定の天然記念物の御神木。
長寿杉の一覧もありました。
推定1300年‥‥。
瑞浪市のサイトから‥
その歴史を引用させて頂きます。
大湫神明神社は、かつての宿場町西側に所在する神社で、この大スギは神社のご神木として大切に守られてきました。目通り(周囲)約11メートル、高さ約40メートル、推定樹齢1200~1300年とされる市内最大の巨木で、岐阜県の天然記念物にも指定されている大湫町のシンボル的な存在です。
江戸時代後期の文化人であった太田南畝(おおたなんぽ)が享和(きょうわ)2年(1802年)記した旅日記『壬戌紀行(じんじゅつきこう)』にも「駅の中なる左のかたに大きなる杉の木あり。木のもとに新明の宮をたつ」と記されており、当時から目を引く存在であったことが窺われます。
この大スギの根元には現在も水が湧き出し「神明の清水」・「新明の泉」などと呼ばれており、「かつて水不足に並んだ人々が神明神社に七日間の願掛(がんか)けをすると、満願(まんがん)の日に白蛇が現れ大スギの根元へと消えた。不思議に思ってそこを見ると湧水(わきみず)が見つかり、これによって大勢の人々が住むことができるようになった」との言い伝えがあります。さらにこの言い伝えには続きがあり、「大湫宿が宿場として賑わうようになるとまた水不足に悩まされるようになった。白蛇の話を思い出した村人が再度七日間の願掛けを行うと、今度は黒蛇が現れて大スギの西側の根本に消え、喜んだ村人がそこを掘ると、これまでよりも多くの水が湧く泉を掘り当てることができた」ということです。この言い伝えに象徴されるように、大スギの根元の泉は、江戸時代はもちろん現代に至るまで大湫宿の貴重な飲料水であり、現在も宿場の面影を伝える景観のひとつです。
色々と調べている中で、
旧暦というキーワードが‥。
例えば、
7月11日を旧暦でみると‥
曰く付きの5月21日でした‥。
そして‥
ぼんやりと囁かられている
次の注意日、7月31日。
7月31日を旧暦でみると‥
なんと、6月11日。
逆に‥
旧暦の7月11日とは‥
来月、8月29日でした。
数字には
様々なメッセージがあるのは事実です‥。
最近‥
この手の話が多くて、すみませんです。
さて‥
作業に戻ります。
別の数字の勉強‥‥‥。
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/104seisho.htm