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東電旧経営陣 初公判

今日、初公判です。

 

3人の初公判が午前10時から

東京地方裁判所で始まりました。

 

「〜3人はいずれも無罪を主張する方針です。」

 

ふざけないでください‥。

 

 

▼『原発事故で刑事責任争う 東電旧経営陣きょう初公判』

NHK 6月30日 5時03分

 

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福島第一原子力発電所の事故で、業務上過失致死傷の罪で強制的に起訴された、東京電力の旧経営陣3人の初公判が30日、東京地方裁判所で開かれ、3人は無罪を主張する方針です。原発事故の刑事責任を争う裁判は初めてで、巨大な津波を予測できたかどうかなどが争点になります。

東京電力勝俣恒久元会長(77)、武黒一郎元副社長(71)、武藤栄元副社長(67)の3人は、原発事故をめぐって検察審査会に「起訴すべき」と議決され、去年2月、検察官役の指定弁護士に強制的に起訴されました。

3人は、津波を予測できたのに適切な措置を取らず、原発事故で長時間の避難を余儀なくされた福島県の病院の入院患者など44人を死亡させたなどとして、業務上過失致死傷の罪に問われています。

裁判では、巨大な津波を予測できたかどうかや、対策を取っていれば事故を防げたかどうかなどが争われる見通しで、3人はいずれも無罪を主張する方針です。

東京電力は事故の3年前に原発の敷地を超える高さの津波が来るおそれがあるという試算をまとめていましたが、対策は取られませんでした。
3人が対策の必要性をどの程度認識していたのかが焦点になるものと見られます。

初公判は、30日午前10時から、東京地方裁判所で開かれます。
原発事故の刑事責任を争う裁判は初めてで、法廷で新たな事実が明らかになるか注目されます。

告訴団団長「責任問われるべきは誰か 明らかに」

3人が強制起訴されるきっかけとなった告訴や告発を行った住民などのグループ、「福島原発告訴団」の武藤類子団長(63)は、30日の裁判を見届けるため、29日、自宅がある福島県田村市を出発して、郡山市から新幹線で東京へ向かいました。

武藤さんは裁判を前に、28日、NHKのインタビューに応じました。その中で、武藤さんは「原発事故で大勢の人が家を追われ、仕事やコミュニティを奪われた。人生が大きく変わってしまうような被害が何十万人にも及んだ。東京電力原子力発電所を扱う企業として事故に備えて対策を取るべきだったのに、きちんと行われていたのか疑問だ」と告訴や告発に至った経緯を振り返りました。

また、最初に告訴を行ってから今回の裁判が開かれるまでに、すでに5年が経過したことにも触れ、「最初に告訴した人の中にはすでに亡くなった人もいる。これほど長い期間がかかったことが悔やまれる」と述べました。

そのうえで、「私たちはこの原発事故で非常に理不尽な被害を受けた被害者だ。この怒りと悲しみを胸に、冷静に裁判を見つめ、責任を問われるべき人物が誰なのか、明らかにされることを期待している」と話していました。

避難指示のため妻を捜せなかった男性は

初公判を前に、妻を津波で亡くした福島県浪江町の遺族の男性が、避難先の二本松市仮設住宅でNHKの取材に応じました。男性は、原発事故による避難指示のため、津波で流された妻をすぐに捜してあげられなかったことを今も悔やんでいます。

浪江町の熊川勝さん(79)は、6年前の震災で妻の洋子さん(当時73)と一緒に沿岸部にある自宅で津波にのまれました。熊川さんは助かりましたが、洋子さんは行方不明となり、地元の消防団などが捜索を行いました。しかし、原発事故で津波の被害を受けた沿岸部周辺に避難指示が出されたため、捜索は打ち切られてしまいました。

熊川さんによりますと、その後、洋子さんの遺体は、震災からひと月ほどたって行方不明者の捜索が再開された、その日のうちに見つかったということです。熊川さんが遺骨となった洋子さんと対面できたのは震災の3か月後のことで、津波で流された洋子さんをすぐに捜してあげられなかったことを、今も悔やんでいます。

熊川さんは「一刻も早く妻を捜しにいき、みずからの手で抱き上げてやりたかったのに、原発事故のせいで、それすらかなわなかった。当時を思い出すと、今でも怒りや悲しみ、苦しい気持ちがこみ上げてくる」と話していました。

そのうえで「東京電力には怒りしかない。諦めの気持ちのほうが大きく裁判にはあまり期待していないが、東京電力の組織としての姿勢を問いたい」と話していました。

 

 

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