opuesto / Tate’s Official Blog

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教育現場

今日、あの事件関連でこんなニュースがありました。

▼『女性教師が小学校の授業で遺体画像 名古屋』
テレビ朝日 (02/06 05:54)

名古屋市の小学校で女性教師が授業中、「イスラム国」が公開した
日本人男性とみられる遺体の画像を児童に見せていたことが分かりました。

名古屋市教育委員会によりますと、20代の女性教師は3日、5年生の社会の授業で、
画像を教室のテレビに映しました。イスラム国に殺害された湯川遥菜さんと
みられる遺体と後藤健二さんとみられる男性が覆面姿の男の隣でひざまずいた
2枚です。ぼかしなどの修正はしていませんでした。

教育委員会の担当者:「(20代の女性教師は)報道の在り方について
考えさせるとともに、命の大切さに目を向けさせたかった」

授業では、遺体の画像をそのまま出すか、ぼかしをかけた方がいいか
討論させたということです。体調不良を訴えた児童はいませんが、
教育委員会は「子どもの心のケアに努める」としています。

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正直やり過ぎです。

これに関して教育評論家の尾木ママこと尾木直樹さんが自身のBlogで、
「何考えているのか!?信じられないです…スマホで子どもたちが残忍動画に
アクセスする危険を心配している真っ最中だというのに…」
と呆れていました。

ごもっともな意見です。


小学5年生の時の自分を思い出していました。

今と違い時代背景も違い、ネットも携帯電話も無い時代なので、
比較しにくいのは事実ですが…。

でもその当時、良い事も悪い事も様々な事に興味があったのは事実です。

大人たちから見れば、まだまだ子供ですが、実際の中身、自我は恐ろしいものでした。

もし自分が今、小学5年生だったら、自ら遺体写真を探して見ていたと思います。

だからと言ってこの教師を擁護はしませんが…全否定もしません。

難しい問題です。


『見てはいけない!』『やってはいけない!』と言われれば言われる程、
興味が湧いてしまうので、子供も大人も関係ないと思います。


心当たりがある方も沢山居ると思います。


そんな事を休憩中に考えていたら、あるコラムを見つけました。

これもある小学校、小学生の話です。


▼『「子供は、見ている」過保護すぎる親たちが集まった授業参観。
一人の小学生の発表が、全ての親をハッとさせ、意識を変えさせる事態に。』
cadot.jp 2015.01.10

モンスターペアレントや、過保護過ぎる親が溢れている昨今。
そんな中、とある都内私立小学校の授業参観での出来事が、
大きな波紋を呼んでいます。

例に違わず、過保護過ぎる親がたくさん参加していた授業参観。
教室の中ではある題材の作文の発表が行われていました。

発表中にも関わらず、子供を褒めたり、また教室の清潔さにケチを
つけたりと、先生も思わず苦笑いをする親たちの発言。
そうした時に、一人の小学生が手を挙げ、
次の発表をしたいと立候補をしました。

その発表が、教室の空気と過保護な親たちの意識を、
大きく変える事になったのです。

この授業参観の中で発表する作文の題材は、「家族への想い」でした。
家族に対しての気持ちを作文にし、発表するというもの。

手を挙げた小学生は、堂々と、作文を読み上げました。


『信じあうこと』

「私は、家族が大好きです。
家族も、私のことが大好きです。
でも、たまに、とても悲しい気持ちになることがあります。」

「私の家族は、いきすぎだと思うほど、私のことを心配します。
この前、私は◯子ちゃんとケンカをしました。
私は、◯子ちゃんにいやなことをさせられました。
でも、私も◯子ちゃんにいやなことをしたと思い、仲直りをしたいと考えていました。」

「その時に、お母さんは私に、あなたはわるくないと言いました。
◯子ちゃんがわるいんだから、あやまらなくていいのよ、と言いました。」

「とてもびっくりしました。
なんで、私もわるいのに、私はあやまらなくていいのかなって、そのときに思いました。」

「お母さんは、もしかしたら、私のことを信じていないのかもしれない、と思いました。
お母さんは、『自分の子供』ということを信じているだけで、『自分の子供だから』という
理由だけで、私はわるくないと言っているんじゃないかな、と思いました。」

「そのとき、とても悲しくなりました。
お母さんは、私という人間のことを信じてくれているのかな、と心配になったのです。」

「私はお母さんの子供だけど、私というひとりの人間でもあります。
その私という人間を、ちゃんと見てくれて、知ろうとしてくれて、
信じてくれているのかなって、思う時があります。」

「最近、テレビで、モンスターペアレントという、子供のためにいっぱい怒る人が
増えているという話をみました。それを見て、この作文を書こうと思いました。

きっとそういう人が増えているのは、きっと子供自身を信じるんじゃなくて、
『自分が育てた子供』という、育てたこと自体を信じているんじゃないかなって、思いました。
似ているようで、すごく違うことの様に感じるのは、私だけではないのではないでしょうか。」

「私は、家族が大好きです。
だからこそ、家族には、もっともっと、私のことを信じてほしいと思います。
信じあうことができたら、きっともっと仲良く、もっと笑顔いっぱいで
一緒にいれるんじゃないかなって思います。」

「私も、もっとしっかりして、勉強もたくさんがんばります。
だから、これからも、私のことをたくさん信じてください。
私は、かならず家族みんなの自慢の娘になります。」

作文の発表中から、空気が静まり返る感覚がありました。
発表後、授業参観にきていた親たちは、誰も言葉を発する事がありませんでした。
でも、少し間ができてから、先生は大きな拍手をしました。
つられる様に、親たちも大きな大きな拍手をします。

発表した女の子のお母さんは、授業参観後に、自身の振る舞いに対して、
謝罪をしにいったとの事です。

間違いなく、女の子の発表が、親たちの意識を変えた瞬間でした。

この話は、最近教師を退職した方が、一番印象に残っている話として、
寄稿してくれたお話です。

子供は、大人が思っている以上に、敏感に、
大人のことを見てくれているのかもしれません。

なんでも大人が正しいと思わず、今一度立ち止まり、自分自身の立ち振る舞いを
振り返ってほしい、そんなメッセージが籠っているのかもしれませんね。

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これを読んだ瞬間「よく言ったっ!!」と思いました。

この子が何年生か詳細は分かりませんが、将来が楽しみです。


何処にでもタブーはあります。

言ってはいけない事も沢山ありますが、
黙っていては解決しない事も沢山あります。

それを、どうやって相手に伝えるか。
ここがポイントです。

ゴールが同じでも、その過程やプロセスが大切です。


そんな事を、この子に改めて教えてもらったような気がします。

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