opuesto / Tate’s Official Blog

I have the right to know the truth and i must protect the children's future.

小さな力

〜Blogをチェックして頂き、有難うございます。
ご無沙汰しておりますが、その後もお元気ですか?


ちょっとした変化球で書き出してみました。


このBlogは、2〜3人…本音としては、6〜7人の方が
定期的に読んでくれているかな…と想像しつつ書いています。

本当に時々ですが「◯◯さんがBlogを読んでいるみたいよ〜」や
「実は頻繁にBlogをチェックしていますよ〜」という
嬉しい話を耳にします。有難うございます。

アクセス分析などは一切していませんし、
いつ誰が読んでいるか全く分かりませんが、
バタフライ・エフェクトが少しでもあれば…と思いつつ書いています。

ちなみに…
どこかのBlogや広告収入を得ている方々と違い、
このBlogにアクセスしても私には1円も入らないのでご安心ください。


バタフライ・エフェクト
〜ある場所での蝶の羽ばたきがそこから離れた
場所の将来の天候に大きな影響を及ぼす〜


『小さな力や動きが、やがて大きな動きとなる。』

と、私は捉え考えています。


選挙、投票というシステムがまさにこれです。

そんな事を考えていた矢先、どんぴしゃなトピックを読みました。

いとうせいこうさんがあるサイトに寄せたものです。

全文、転載させて頂きます。



(2014年09月10日 Yorkshire Sculpture Parkにて〜NIKON D80

▼『【総選挙2014】一羽の鳥について(あらゆる選挙に寄せて)』
2014年12月3日 いとうせいこう

自分一人が投票したところで何も変わらない、と多くの人は思う。
選挙を前にして自分が無力であると感じる。
その感覚に傷ついて無関心になる人もいる。

だが、「自分一人が投票したところで何も変わらないと思う一人」
が投票すると社会が変わる。

私は何度かそういう選挙を見てきた。

デモも同様である。

「私一人が出かけようが出かけまいが何も変わらないと思う」
人が実際に出かけると、それが膨れ上がる列になる。

その時、世界は何かしら変わる(ただし根本的に私は、変わろうが変わるまいが
思ったことを主張しに出かければよいだけだと考えるのではあるが。
そもそも世界を変えたい場合、有効性ばかりを先に考えることは無意味だ。
なぜなら変わる前の世界から見た有効性の基準は必ず「古い」から)。

がらりと世界が変わることもある。

それはほとんど次元の移動のようだ。

今生きている世界から別の世界に、人は突然接続する。
私は決して疑似科学を語っているのではない。
これが選挙の謎なのである。

代議制の、つまり多数の者が少数を選び、選出された者に政策をまかせるシステム、
すなわち民主主義の厳密な数学、ないしは物理学がこれである。

多数の者が少数の権力者に影響を与えるわけだから、それはデモの謎でもある。

”渡り鳥は飛び立つ時間をあらかじめ知っているのではなく、
みんなで行きつ戻りつするうち突然旅に出る”

私が変わると「私たち」が変わる。
私が行かない投票には何千万人かが行かない。
私が行く投票には何千万人かが行く。

特に浮動票と言われる「私たち」は渡り鳥のようなものだとイメージしてもいい。
渡り鳥は飛び立つ時間をあらかじめ知っているのではなく、
みんなで行きつ戻りつするうち突然旅に出る。

その時、どの鳥が出発を決めたか。

最後はリーダーが決まってくるとしても、飛ぶ群れの起源を遡ればどうなるか。

「私」という一羽の鳥が、としか言えないのではないか。

さて、もしもあなたが「私たちが変わったところで政治家が変わらないのだから
意味がない」と思うなら、それはそれで
ある種の「政治不信というキャンペーン」
によって「無力」さを刷り込まれているのだ
と私は考える。

国民が「政治不信」になればなるほど、組織票を持つ者が好き勝手にふるまえる。

むしろ無力なのは選挙に落ちるかもしれない政治家の方だ
ということを思い出して欲しい。

選挙期間というのは「無力」さの逆転が起きる時間なのであり、
結果を決めるのは例の「私たち」以外にない。

つまり「私」以外に。
その時「力」はどちらにあるか。
あなたにある。

これが選挙というものの恐るべき、スリリングな本質だ。

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