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チェルノブイリ事故から27年

メモしておきます。
あれから27年です。。。


▼『チェルノブイリ事故から27年 「死の空間」伝え続け』
東京新聞 2013年4月26日 朝刊


(2011年12月16日「石棺」の屋根が見える建屋内で、爆発で吹き飛んだ原子炉を撮影するコシェロフさん)

旧ソ連ウクライナチェルノブイリ原発事故は、二十六日で二十七年を迎える。

現場の4号機内は、四半世紀を超えた現在も、爆発で散乱した核燃料が放置されたまま。
老朽化した「石棺」に覆われた建屋内で、カメラマンのセルゲイ・コシェロフさん(49)は、
数十万人ともいわれる被ばく者を生んだ悲劇の元凶の「いま」を記録し続けている。 
(モスクワ・原誠司、写真はコシェロフ氏撮影・提供)

壊滅的な放射能被害を受け、居住禁止区域となった原発城下町プリピャチから、東に十キロ。
代替都市スラブチチにコシェロフさんは住み、毎週、原発に通っている。

わずか二秒で規定の被ばく量を超えるという強烈な放射能で充満する原子炉建屋内に入り、
爆発で吹き飛んだ炉や溶融した燃料棒とコンクリートが混じった「ゾウの足」を撮影。
原子炉制御室や、めちゃめちゃに壊れた設備も写してきた。

撮影を始めたのは、事故から三年後の一九八九年。今ではほとんどの歯を失い、弱視となった。
死を覚悟しての活動の影響だ。「4号機内にいると(強い放射能のため)時間経過が分からなくなる
意識障害に見舞われることもあるが、甲状腺肥大以外に極度に健康を崩したことはない」と強がる。

二十五日には「石棺」に替わって4号機を新たに覆う「巨大シェルター」を撮影。

二〇一五年十月に完成するまでの目標を「だれも入れない『死の空間』を世界に知らせ、
いったん起きてしまった原発事故が、いかに人の手に負えない悲劇を生むかを伝え続ける」と語る。
二十六日は未明、自宅近くの広場で行われる追悼式で、先に逝った友人たちの冥福を今年も祈る。

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爆発を起こした4号機は、事故直後、放射性物質の放出を食い止めるため、
コンクリートと金属で造られた「石棺」と呼ばれる建造物で覆われました。
しかし、「石棺」の老朽化が進んだことから、ウクライナ政府は、日本や欧米などの支援を受け、
1000億円以上をかけて「石棺」を覆うアーチ型の巨大な建造物を建設中で、
原発事故への対応の難しさが改めて浮き彫りになっています。

当然、、、福島第一原発の今後と照らし合わせてしまいます。