opuesto / Tate’s Official Blog

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怒りの声

昨日発表された外部被曝結果を知り、住民から怒りの声が。。。

当然です。


(飯舘村の広報紙で村内の放射線量を確認する村民=13日、福島市仮設住宅)

『避難時期で線量左右 県の4カ月試算で国に住民怒り』
福島民報 (2011/12/14 09:38)

県は13日、東京電力福島第一原発事故後4カ月間の県民の外部被ばく線量試算を発表した。
避難時期で線量を左右する結果となり、警戒区域よりも高い数値が示された計画的避難区域の住民からは
国の避難区域設定に不満や不安の声が噴出した。

最高値が19ミリシーベルト飯舘村の住民は「国はもっと早く避難指示を出してほしかった」と憤る。
区域内で今も操業している企業の関係者は国の対策を求めた。
 
「国はどうしてもっと早く避難指示を出さなかったのか」飯舘村から福島市の借り上げ住宅に
高校生の子どもを連れて避難している会社員の女性(37)は、
県が示した外部被ばくの値の高さにいら立ちを隠さない。

村は4月22日に計画的避難区域に設定された。空間放射線量が高い数値で推移し、不安を抱えていた。

国や専門家の「直ちに健康に影響はない」との言葉を信じ、避難指示が出て避難先が見つかる
6月上旬まで村にとどまった。「避難指示が早ければ、被ばく量は減らせたはず」と国への不信を募らせる。

福島市松川町仮設住宅で避難生活を送る農業佐藤明康さん(70)は村内でも線量が
高い同村長泥に住んでいた。福島市飯坂町の旅館に避難する6月30日まで滞在した。
「過ぎてしまったことはしょうがないが、国は最後まで責任を持って除染してほしい」と語気を強めた。

浪江町南津島字下冷田に住んでいた畜産業三瓶富雄さん(60)は、3月下旬、本宮市の親戚宅に避難した。
自宅は屋内退避区域に設定され、立ち入りが制限されることはなかったため、肉牛の世話で毎日通った。
しかし負担が大きく、5月中旬に自宅に戻り肉牛の引受先が決まる6月中旬まで過ごした。
「もっと情報があれば自宅に戻って住むことはなかったが…。内部被ばくも心配だ」と不安な表情を見せた。

川俣町山木屋地区の山木屋小・中PTA会長の広野義孝さん(44)も、
「4カ月で3ミリシーベルトという数値は高い」と感じている。「子どもの健康に影響が出ないか不安が残る。
健康調査を徹底してほしい」と訴えた。

一方、避難先の三春町仮設住宅内の仮店舗で食堂を営む葛尾村の石井一夫さん(55)は、
県の試算結果を見て安堵(あんど)した。村独自の避難指示で3月14日に古里を離れた。
自宅のある村中心部が計画的避難区域に設定されたのは約1カ月後となった。「逃げて良かった」

計画的避難区域の中には、操業を続けている事業所もある。

飯舘村の山田電子工業の山田義忠社長(63)は「県の試算は想定内」とした上で、
「現在は従業員の被ばく量を管理しており、操業には問題ないと考えている。
国も目に見える形で徹底した除染を展開してほしい」と求めた。

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